沼影市民プールの跡地はどうなる? 武蔵浦和で進む街の変化
52年間、武蔵浦和にあった「沼プー」
沼影市民プールが開業したのは1971年。流れるプールやスライダーなどを備えた屋外プールのほか、屋内プールもあり、長い間、地域の人たちに利用されてきました。特に夏の「沼プー」は、武蔵浦和周辺で育った人にとって、かなり身近な存在だったのではないでしょうか。家族で行った人もいれば、友達同士で自転車に乗って遊びに行った人もいる。公共施設ではありますが、単なる「市営プール」という言葉だけでは表せない、地域の記憶が積み重なった場所だったように思います。
最後の夏は、映画になった
その沼影市民プールを題材にした映画が、太田信吾監督の『沼影市民プール』です。映画が記録したのは、屋外プールが営業を終えるまでの最後の49日間。プールで遊ぶ子どもたちや利用者、そこで働く人たちなどを通して、ひとつの公共施設がなくなっていく時間を描いています。2026年9月5日から全国で順次公開され、地元ではユナイテッド・シネマ浦和などでも上映されています。武蔵浦和の何気ない日常だった風景が、映画館のスクリーンに映し出される。地元を知る人にとっては、少し不思議な感覚の映画かもしれません。
なぜ沼影市民プールはなくなったのか
沼影市民プールの跡地では、さいたま市が新しい義務教育学校の整備を進めています。その背景にあるのが、武蔵浦和駅周辺の人口増加です。駅周辺には高層マンションが建ち、埼京線と武蔵野線が利用でき、都心へのアクセスもよいことから、多くの人が暮らす街になっています。特に子育て世代が増えたことで、今度は学校の規模という新しい課題が生まれました。さいたま市は、武蔵浦和駅周辺の一部の小・中学校が大規模化していることを課題としており、その解消策として義務教育学校の整備を進めています。街に人が増えたからこそ、昔からあった施設の使い方を変えなければならなくなった。沼影市民プールの跡地は、そんな武蔵浦和の変化を象徴する場所でもあります。
跡地には何ができる?
計画されているのは、沼影公園跡地と沼影小学校の土地を一体的に活用して新しい校舎を整備し、浦和大里小学校と内谷中学校の既存校舎も活用する形です。この3つの校舎をひとつの義務教育学校として、9年間の教育を行う計画です。ただし、建設工事の入札が不調となったことなどから、当初予定していた開校時期から遅れが生じています。2026年9月現在も、まさに街が変わっている途中です。
プールは、別の場所へ
さいたま市は現在、沼影市民プールの代替となる新しいレジャープールを南部エリアに整備する方向で、候補地の検討を進めています。学校は沼影へ、レジャープールは別の場所へ——街全体の施設配置を組み替えようとしているところです。どこに新しいプールができるのかも含めて、この先も地域にとって関心の高い話になりそうです。
映画の中に残る風景と、これから生まれる風景
街が変わることには、便利になることだけでは語れない部分があります。新しいマンションができる、人が増える、子どもが増える、学校が必要になる。その一方で、昔からあったものがなくなっていくこともあります。沼影市民プールで遊んだ子どもたちの中には、いまでは親になり、自分の子どもと武蔵浦和で暮らしている人もいるでしょう。自分が子どものころに遊んだプールはなくなり、そこには、これからの子どもたちが通う学校ができる。そして、かつてそこにあった風景は、映画の中にも残されています。
ひとつの世代の思い出がある場所に、次の世代の日常がつくられていく場所。街が変わるというのは、昔のものがなくなることだけではなく、同じ場所に新しい記憶が重なっていくことなのかもしれません。数年後、ここを歩いたときにどんな景色になっているのか。武蔵浦和のこれからを感じながら、見守っていきたい場所です。